〔つながり〕

人はひとりでは生きていけない。
だから、特別なことではなく、
ぐるり見渡して、
必要なのは、「ありがとう!」感謝の心。


女性の居場所はどこにある?

労働組合というミッションでのインタヴュー。
これまでは男性社会が「マル」、女性は「バツ」
だったから、これからは女性にも、少しは機会をあげるようにして「サンカク」くらいにして
あげましょうよ、みたいな「男女共同参画」ではダメですよねー。って、アイスブレイク、としての
しょうもない冗談で取材をスタートしていた野中さんは、思わず「ゴメンなさい…」と呟きました。届いた雑誌を拝読し…。はい、ものすごく真面目に聞いてくださっていました。思いは、あってます(笑)。

#つながり

2002年インタビュー「月刊連合」10月 
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東京国際フォーラム

1999年「FORUM Forum」9-10月号 

有楽町の駅。東京のど真ん中、東京都庁舎の跡地に、ガラス張りの巨体の「東京国際フォーラム」。
公(おおやけ)だからできる、大胆な建造物にびっくりする間も無く、当時は財団としてスタート。理事に就任した。初回の会合で、正直な感想を(優しく!)申し上げたことを覚えている。「世界に発信する誇りある…」.という理念ならば、この温室と見まごう建築様式のエネルギー消費は、かなりディメリットでは…。21世紀には、びっくりする「建物の顔」は、もはや憧れの対象にはならなくなる「危惧」があるのでは…。など。でも、完成後ですから、ここからは、逆転の発想で「ここでなければできないこと」をバリバリいたしましょう!みたいな…。今は、株式会社に変身です。ただ、51%株主は、東京都。都民が大株主でアリます。

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「アンコール遺跡」 悠久の時が刻まれたクメールの造形美

JALのファーストクラス用の雑誌への寄稿。大好きな旅。
NHK時代には、地球を何周くらいしただろうというほど、取材の旅、そして、プライベートでも、当時は休みが取れれば飛んでいた。これは、ODAという名の、日本と開発途上のアジア諸外国間の資金のやりとりが、本当に当事国で当事国の市民の方達の幸福つくりに寄与しているのだろうか、という疑問もあって出た、取材含みの旅でした。別の、子供を持つ親世代のための雑誌にに、連れて行った小学校低学年の娘との旅日記を書いた。幼い瞳が捉える、幼い、貧困国の子供達。教わることの多い旅でもありました。

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1997年「Agora アゴラ」 7月号

友達の輪を仕事に生かす

1985年「とらばーゆビジネスカレッジ85」

就活、なんて略語あったかしらん。の時代の、学生対象のフォーラム。とらばーゆする、は、イコール「転職」する、の意。には、そろそろなっていたようにも思う。
日本での「就職」とは、イコール「就社」。一度入社したら、死ぬまでその社員であることが社会の「オヤクソク」。その中での女子は、どう考えるべきか。熱気溢れていた会場のことはよく覚えています。

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