〔自然(じねん)〕

自然と書いて、じねん 。
自分もすっぽり中に入って、生かされているという自己認識。
畏敬の念や、謙虚さを、しぜん界に思う。
人間社会にも必要な、その心。  

19世紀、西洋文化が押し寄せて「Nature」という英語を「自然」と書いて「しぜん」と訳した。
それまでの日本にあった「じねん」は、自分の存在もくるりんと包んでくれて、その懐の中で、抱いてくれる存在。つまり、自分たち人間は、生きているのではなく、「じねん」に生かされている存在でしかない、と畏敬の念をもつ対象だった。

天地創造の主から、制御すべきは「野生」というNatureで、その任こそ人間に与えられたミッションととらえるキリスト教的世界観を西洋的、というならば180度異なる自己認識である。さて、古神道とも表されるかつての「じねん」観こそ22世紀に向けて、日本文化の体幹直しにも、必需なシフトだと思っている。


Earth Day

4月といえば2014年に、私が実行委員長をつとめるアースデイ東京「いのちの森」に、あの、デニス・バンクスさんが来てくださった。
1960年代から、「アメリカインディアン自立」のリーダー。
過激さは「魂」の中に。改革の実効性のためには「平和的」なムーブメントで、多くの人々の「共感」が大事!と、’78年には「Longest Work」(カリフォルニアのアルカトラスから、ワシントンまでを徒歩でマーチする)を実行し、世界中からの賛同者、協力を集めるなど、’17年に80歳で亡くなった今も、多くの若者たちの心のメンターでもある。
「もう手遅れだ、と言う人がいても、私たちは行動するべきだよ。だって、私たちは、生かされているんだからね….」
「この森は素晴らしい!日本の文化は、私たちと共にある根っこで繋がっているんだよ」
ニコニコと大きな掌で、明治神宮の芝地を撫でながらお話ししてくださったことを思い出す。

#じねん

グローバルの中の日本

押しも押されもせぬ「森」の達人、稲本正さんとのご縁は、半世紀近くになる。
その出逢いからを含めて語るインタビュー記事私自身が「母」になるタイミングの中で、彼が代表を務めていたオークビレッジに東京生まれの東京育ちでは子育てに心もとない、と、相談。八ヶ岳に「お山のお家」造りをお願いすることに。高校時代から大好きだった小淵沢清里への想いや、これからの「地球」への思いなど、おヒトとの出会いがいかに、人生の中でかけがえのない財産であるか。。
など、変わらぬ「いのち」への思いが詰まっている。

#じねん

2015年10月「Oak Village 通信」秋号 
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私たちは自然のなかで生かされている

2011年「毎日新聞 マイECO」6-7月 
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毎日新聞の別刷りタブロイド版での特集。
環境問題を専門にする明珍記者からの依頼を受けてのインタビュー。
電気業の会長時代に、それまでのキャリアの中では、受けたことのないほどの「有る事無い事」ではなく、「ないこと無いこと」中傷記事攻撃に遭遇した経験から、信頼を全く失墜していた新聞記者との取材。とりわけ金融業への慮りばかり、事実など興味なし、のような経済記者に囲まれていた経験から、かなり、心配しながら取材に応じていた記憶がある。杞憂、どころか、たくさん励ましていただいた。
感謝。思い出に残るタブロイドです。

#じねん

ハセベケンの希望のレシピ(ソトコト対談)

現在は、泣く子も黙る「渋谷区」の「区長」さん。
当時は、「朝の合コン」と呼んで耳目を集め、原宿大通りのお掃除ボランティア「グリーンバード」を創設する、という流石元博報宣伝マンの、長谷部さんとの対談。弟分、で今も通してくれている、生粋の愛の忖度ならぬ、思いやり溢れ男子。「重い槍!です、ともよねーさん!」。ニコニコ笑顔で、時に本音をはくことも忘れない男子。笑。
こうした感性で、このフットワークで、生まれ育ったローカル(原宿生まれ育ち、というこれまた生粋のシティーボーイ)をよくしたい、と区議に。で、経験を積んで、区長へ。こうしたキャリアパスこそが、本来の民主主義からのまつりごととしての政治、だと思う。たくさんの若者よ、彼に続け〜!。

#じねん

2008年「ソトコト」6月号 
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